年金制度改革で厚生年金はどう変わる?「106万円の壁」・企業規模要件撤廃の影響と対策を解説!

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事業主の皆様、特にパート・アルバイトの方を多く雇用されている皆様にとって、社会保険制度の動向は常に気になるところでしょう。現在、厚生年金保険の加入ルールについて、大きな変更が議論されています。具体的には、「106万円の壁」とも呼ばれる年収要件と、従業員数に基づく「企業規模要件」の撤廃案です。

これらの改革案が実現すれば、事業運営、特にコスト面や労務管理に大きな影響が出ることが予想されます。この記事では、社会保険労務士の視点から、現在議論されている年金制度改革案について、事業主の皆様への影響と具体的な対策を分かりやすく解説していきます。

おさらい:これまでの社会保険適用拡大の流れ

今回の改革案を理解するために、まずはパート・アルバイトの方々への社会保険(厚生年金保険・健康保険)の適用拡大の流れを確認しましょう。

働き方の多様化や非正規雇用の増加を受け、国は誰もが安心して働ける社会を目指し、段階的に社会保険の適用範囲を広げてきました 。2016年10月に従業員数501人以上の企業から始まり 、2022年10月には101人以上の企業へ 、そして2024年10月からは従業員数51人以上の企業へと対象が広がりました。  

ここでいう「従業員数」とは、厚生年金保険の被保険者数(フルタイム従業員+週・月の労働時間がフルタイムの4分の3以上の従業員)でカウントします 。  

現在、これらの企業(2024年10月からは51人以上)で働くパート・アルバイトの方が社会保険に加入するには、以下の5つの要件をすべて満たす必要があります 。  

  1. 週の所定労働時間が20時間以上 。  
  2. 月額賃金が8.8万円以上(年収約106万円以上、残業代・賞与・通勤手当等除く)。  
  3. 雇用期間が2ヶ月を超える見込みがある 。  
  4. 学生ではない(休学中・夜間学生等は除く)。  
  5. 勤務先の従業員数が51人以上(2024年10月時点)。  

この複雑さが、次の改革案が議論される背景の一つです 。  

ここが変わる! 年金制度改革案のポイント

5年に一度の年金制度見直し の一環として、現在、厚生年金保険の適用に関する大きな改革案が議論されています。特に注目されているのが、「月額賃金(年収)要件」と「企業規模要件」の撤廃です。  

「106万円の壁」(年収要件)の撤廃とは? いつから?

現在、月額賃金8.8万円(年収約106万円)を超えると社会保険料負担により手取りが減るため、「働き控え」が起こりやすい「106万円の壁」が存在します 。  

今回の改革案では、この月額賃金8.8万円(年収106万円)の要件を撤廃する方針が示されています 。  

  • 理由: 「働き控え」解消による労働力確保 、最低賃金上昇への対応 、公平な社会保障 。  
  • 想定時期: 2026年10月頃が目指されているようですが、正式決定は国会審議後です 。  
  • 注意点: 「週の所定労働時間20時間以上」の要件は残る見込みです 。  

「企業規模要件」の撤廃とは? いつから?

もう一つの柱が、厚生年金加入の対象となる企業の従業員数要件(2024年10月からは51人以上)を撤廃する案です 。  

  • 理由: 企業の規模に関わらず保障を公平にする 、より多くの労働者を対象とする 。  
  • 想定時期: 不確定要素が大きい状況です。当初案(2027年や2029年撤廃) から、中小企業への影響を考慮し、2035年10月まで段階的に緩和・撤廃する案も報道されています 。今後の公式発表を注視する必要があります 。  
  • 影響: 全ての法人事業所、および従業員5人以上の個人事業所(現在は一部業種のみだが全業種対象へ検討中) が対象となり、小規模な企業等も週20時間以上働くパート等を社会保険に加入させる義務が生じます。  

まとめ:厚生年金 適用拡大の主な改革案

変更点現状(2024年10月~)改革案想定時期(※不確定要素あり)主な影響
年収要件 (106万円の壁)月額8.8万円以上撤廃2026年10月頃?週20時間以上勤務者は原則加入へ
企業規模要件従業員51人以上段階的に撤廃2027年~2035年頃?全ての法人・一部個人事業所(5人以上)が対象に

将来的には「週20時間以上働く(学生等を除く)」ことが、パート等の厚生年金加入の主要な基準となる可能性が高いです。ただし、「週20時間の壁」は残る見込みであり 、労働時間調整の可能性は残ります。  

事業主への影響は? コスト・労務管理の変更点

これらの改革、特に企業規模要件の撤廃は、中小企業の事業主にとって大きな影響が予想されます。

社会保険料の負担増

最も直接的な影響は、社会保険料の事業主負担の増加です。保険料は労使折半のため 、新たに加入対象となる従業員が増えれば、企業の負担も増えます。  

  • 負担額の目安: 厚労省試算では、新たに加入する短時間労働者1人あたり、事業主負担分として年間約12~13万円の増加が見込まれます 。正確な額は賃金や健康保険組合等により異なります 。社会保険労務士への相談やシミュレーションツールの活用をお勧めします 。  
  • 追加コスト: 「社会保険適用促進手当」※導入の場合、一時的に負担が増える可能性もあります 。  

これまで対象外だった従業員50人以下の企業にとっては、このコスト負担は経営に影響を与えかねません 。  

「社会保険適用促進手当」とは

新たに社会保険に加入することになった従業員の保険料負担を軽減するために、事業主が任意で支給できる手当です 。  

人事・労務管理で必要になること

  • 加入対象者の正確な把握: 労働時間、賃金、雇用期間、学生か否か等の管理が必須になります 。勤怠管理システム や管理表 の活用が有効です。  
  • 社会保険手続きの増加: 新規加入者の「被保険者資格取得届」等の提出手続きが増えます 。  
  • 給与計算の変更: 保険料控除、計算・納付事務が発生します 。  
  • 就業規則・雇用契約書の見直し: 法改正後の実態に合わせた見直しが必要になる場合があります 。  
  • 従業員対応の増加: 制度変更に関する問い合わせ対応や相談窓口の設置検討が必要です 。  

特に中小企業にとっては、これらの新たなコストや事務作業は大きな負担となる可能性があります 。  

一方で、人材確保のチャンスにも

社会保険完備は従業員の保障を手厚くし、人材採用や定着率向上につながる可能性があります 。これを機に魅力的な労働条件を整備し、人材戦略を見直すチャンスとも捉えられます。  

従業員への影響は? メリット・デメリットを理解する

従業員への影響を理解し、適切なコミュニケーションをとることが重要です。

従業員のメリット:将来の年金、手厚い保障

  • 将来の年金額が増える: 厚生年金が上乗せされます 。  
  • 医療保険が手厚くなる: 傷病手当金や出産手当金などが受けられます 。  
  • 万が一の保障が充実: 障害厚生年金や遺族厚生年金が手厚くなります 。  
  • 保険料負担が軽減される場合も: 会社との折半になるため、自分で全額払っている場合は負担が減る可能性があります 。  

従業員のデメリット:手取り減、扶養から外れる可能性

  • 手取り収入の減少: 社会保険料が天引きされるため、手取り額が減ります 。年収106万円程度の場合、年間約15~16万円程度の負担増 。場合によっては手取りの逆転現象も 。  
  • 配偶者の扶養から外れる: 扶養に入っている場合、自身で保険料を負担する必要が生じ、世帯全体の手取りが減る可能性もあります 。  
  • 他の「壁」との関係: 税金の「103万円の壁」「150万円の壁」や、社会保険扶養の「130万円の壁」も依然として存在し、従業員の判断に影響します 。  

従業員にとって、短期的なデメリット(手取り減)と長期的なメリット(保障充実)のどちらを重視するかは、個々の状況や価値観によります 。  

施行までに準備すべきこと:事業主向けアクションプラン

計画的に以下の準備を進めましょう。

Step 1: 加入対象となる従業員の把握

新たに加入対象となる可能性のある従業員(週20時間以上勤務等)をリストアップします 。  

Step 2: コスト試算と資金計画

対象者全員が加入した場合の事業主負担増加額を試算し 、予算や資金繰り計画に反映させます 。支援策の活用も検討します 。  

Step 3: 就業規則・雇用契約の見直し

法改正や実態に合わせて、関連規定を確認・見直します 。必要に応じて専門家(社会保険労務士)に相談しましょう 。  

Step 4: 従業員への説明と意向確認(伝え方のコツ)

丁寧な説明とコミュニケーションが最も重要です 。  

  • 早期に情報提供を開始し 、説明会や個別面談を実施します 。  
  • 伝える内容: 法改正の内容、対象者、メリット・デメリット(客観的・具体的に)、扶養への影響 、会社の支援策 を説明します。  
  • 働き方の相談: 従業員の意向(加入して働くか、労働時間調整か)を確認し、話し合います 。  
  • 傾聴と誠実な対応: 不安や疑問に耳を傾け、信頼関係を維持します 。  
  • 記録: 説明内容や意向確認結果を記録します 。  

Step 5: 社会保険加入手続きの準備

速やかに手続きできるよう、必要書類(資格取得届等) や従業員情報(マイナンバー等) を準備し、提出期限(原則5日以内) と方法(電子申請、郵送、窓口) を確認、手続き体制を整備します 。  

活用できる支援策:社会保険適用促進手当と助成金

負担軽減のため、以下の支援策の活用を検討しましょう。

社会保険適用促進手当

  • 概要: 新たに社会保険に加入した従業員に対し、会社が保険料相当額を上限に手当として支給できる制度 。  
  • 特徴: 最大2年間、この手当は社会保険料の算定基礎から除外されます 。  
  • 注意点: 所得税・住民税・雇用保険料の対象にはなり、原則割増賃金の算定基礎にも含まれます 。就業規則等への規定が必要な場合もあります 。  

キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)

  • 概要: 従業員の社会保険加入にあたり処遇改善(賃上げ、労働時間延長、適用促進手当支給等)に取り組む事業主を支援。従業員1人あたり最大50万円(複数年度合計)。  
  • 主なメニュー: 手当等支給メニュー、労働時間延長メニュー、併用メニュー 。  
  • 主な要件: 事前のキャリアアップ計画提出、対象従業員の要件(適用前からの雇用期間等)。  
  • 注意点: 時限的な措置であり(令和8年3月31日まで等)、申請手続きが必要です 。  

これらの支援策は有効ですが、一時的な対策という側面が強いです 。長期的な視点での計画も重要です。専門家への相談も検討しましょう。  

まとめ:改革に備え、前向きな対応を

厚生年金加入における「106万円の壁」と「企業規模要件」の撤廃案は、より多くの人が社会保険の恩恵を受けられるようにする一方、特に中小企業にとってはコスト増や労務管理の複雑化という課題をもたらします。

しかし、今から準備を始めることが重要です。

  1. 影響を正確に把握する
  2. 従業員と丁寧に対話する
  3. 計画的に準備を進める
  4. 支援策を活用する

これらの改革は、短期的には負担増でも、長期的には従業員の安心感を高め、人材確保・定着につながる可能性もあります 。変化を前向きに捉え、自社の成長につなげる機会としましょう。  

制度の詳細は今後変更される可能性もあります。最新情報を確認し、不安があれば社会保険労務士にご相談ください。