歩合給でも残業代は必要!割増賃金の正しい計算方法とは?

社労士が教える歩合給の計算術

「成果が直接給与に反映される歩合給制。やりがいがある一方、『うちは歩合給だから残業代は出ないよ』と言われて、本当にそうなのだろうか?と疑問に思ったことはありませんか?」

こんにちは、社労士事務所ぽけっとです。
私たちは日々、多くの中小企業の経営者様や人事担当者様から労務に関するご相談をいただきます。
その中でも特に誤解が多いのが、この「歩合給と割増賃金(残業代)」の関係です。

結論から申し上げますと、歩合給制であっても、法律で定められた時間を超えて労働した場合には、割増賃金を支払う義務があります。

もし、この認識を誤ったまま放置してしまうと、従業員とのトラブルや、労働基準監督署からの是正勧告、最悪の場合は未払い残業代の請求といった大きなリスクに繋がりかねません。

この記事では、歩合給制における割増賃金の基本的な考え方から、少し複雑な計算方法、そして実務上の注意点まで、徹底的に解説します。
この記事を読めば、歩合給の残業代計算に関する疑問が解消され、自信を持って適正な給与計算を行えるようになります。

そもそも歩合給制とは?

歩合給制(ぶあいきゅうせい)とは、従業員の売上や成果といった業績に応じて給与額が決定される賃金形態のことです。
インセンティブ制度とも呼ばれ、従業員のモチベーション向上や生産性アップを目的として、特に営業職や運送業などで多く導入されています。

給与のすべてが業績によって変動する「完全歩合給制」と、固定給に加えて成果に応じた歩合給が支払われる「固定給+歩合給制」の2種類が主流です。

【注意】
労働基準法では、労働時間に関わらず一定額の賃金を保障することが定められています。
そのため、完全歩合給制であっても、労働時間に応じた最低保障給(平均賃金の6割以上)を支払う必要があります。
実務上は、最低賃金を下回らないように設計することが不可欠です。

なぜ歩合給でも割増賃金が必要なのか?

「成果に対して給与を支払っているのだから、時間で管理する残業代は関係ないのでは?」と考える方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、労働基準法第37条では、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて労働させた場合や、法定休日に労働させた場合、深夜(22時~翌5時)に労働させた場合には、割増賃金を支払わなければならないと定められています。

この規定は、どのような賃金形態であっても適用されます。
歩合給は、あくまで「通常の労働時間」に対する対価です。
そのため、時間外労働などの「通常とは異なる労働」に対しては、その割増分を別途支払う必要があるのです。

歩合給の中に残業代が含まれている、という考え方(固定残業代制度)を適用するには、通常の労働時間の賃金にあたる部分と、時間外労働等の割増賃金にあたる部分が明確に区分されているなど、厳格な要件を満たす必要があります。
単に「歩合給だから残業代は込み」という主張は、法的に認められませんので注意が必要です。

【具体例で解説】歩合給の割増賃金計算方法

ここからは、一番のポイントである具体的な計算方法を見ていきましょう。
計算は少し複雑ですが、順を追って理解すれば決して難しくありません。

割増賃金を計算するためには、まず「割増賃金の基礎となる1時間あたりの賃金(時間単価)」を算出する必要があります。

ステップ1:時間単価を算出する

歩合給の場合、時間単価は以下の計算式で算出します。

(その月の歩合給の総額)÷(その月の総労働時間数)= 時間単価

ポイントは、分母が「所定労働時間」ではなく「総労働時間(時間外労働なども含んだ、実際に働いたすべての時間)」である点です。

ステップ2:割増賃金を計算する

時間単価が算出できたら、いよいよ割増賃金を計算します。
ここで注意が必要なのは、歩合給の場合、割増率は「0.25」で計算するという点です。(深夜労働の場合は0.5、休日労働の場合は0.35)

「なぜ1.25ではないの?」と疑問に思うかもしれません。
これは、ステップ1で算出した時間単価が「総労働時間」で計算されているため、時間外労働時間分に対する通常の賃金(1.0の部分)は既に含まれていると考えられるためです。
そのため、割増部分である「0.25」だけを乗じて計算します。

時間単価 × 割増率(0.25など)× 時間外労働時間数 = 割増賃金額

【計算例】歩合給のみの場合

  • 月の歩合給:350,000円
  • 月の総労働時間:200時間(うち時間外労働が40時間)
  1. 時間単価の算出
    350,000円 ÷ 200時間 = 1,750円
  2. 割増賃金の計算
    1,750円 × 0.25 × 40時間 = 17,500円

この場合、給与総額は「歩合給 350,000円」+「割増賃金 17,500円」= 367,500円となります。

「固定給+歩合給」の場合の計算方法

実務上はこちらのケースの方が多いかもしれません。固定給と歩合給が混在する場合は、それぞれを分けて計算し、最後に合算します。

【計算例】固定給+歩合給の場合

  • 月の固定給:200,000円
  • 月の歩合給:150,000円
  • 月の所定労働時間:160時間
  • 月の総労働時間:200時間(時間外労働40時間)

(A) 固定給部分の割増賃金

  1. 固定給の時間単価を算出
    200,000円 ÷ 160時間(所定労働時間) = 1,250円
  2. 固定給部分の割増賃金を計算
    1,250円 × 1.25(割増率)× 40時間 = 62,500円

(B) 歩合給部分の割増賃金

  1. 歩合給の時間単価を算出
    150,000円 ÷ 200時間(総労働時間) = 750円
  2. 歩合給部分の割増賃金を計算
    750円 × 0.25(割増率)× 40時間 = 7,500円

(C) 支払うべき割増賃金の合計

(A) 62,500円 + (B) 7,500円 = 70,000円

この場合、給与総額は「固定給 200,000円」+「歩合給 150,000円」+「割増賃金 70,000円」= 420,000円となります。

よくある質問(Q&A)

Q1. 「うちは歩合給だから残業代は出ない」と会社から言われました。どうすればいいですか?

A1. まず、この記事で解説した通り、歩合給制であっても残業代(割増賃金)を請求する権利があることを知っておいてください。
その上で、まずは会社の給与規定などを確認し、人事や総務の担当者に計算根拠について丁寧に質問してみましょう。
それでも解決しない場合は、まず会社の顧問社労士に相談してみるのも一つの方法です。
もし顧問社労士がいない、または相談しづらい状況であれば、お近くの労働基準監督署にご相談いただくことをお勧めします。

Q2. 計算が複雑で、自社で正しくできているか不安です。

A2. 歩合給の計算は、他の賃金形態に比べて間違いが起こりやすい部分です。
特に、労働時間の管理が曖昧になっていると、正しい計算の土台が崩れてしまいます。
勤怠管理システムの導入や、給与計算のアウトソーシングも有効な手段です。
専門家に相談することで、リスクを回避し、担当者様の負担を大幅に軽減できます。

【まとめ】正しい知識で健全な労務管理を

今回は、歩合給制における割増賃金の計算について解説しました。

  • 歩合給制でも割増賃金の支払いは義務である。
  • 割増賃金の計算には「時間単価」の算出が不可欠。
  • 歩合給部分の時間単価は「総労働時間」で割り、割増率は「0.25」を乗じる。
  • 固定給がある場合は、それぞれ分けて計算し、最後に合算する。

正しい給与計算は、従業員の信頼を得て、健全な会社経営を続けるための基本です。
「知らなかった」では済まされない問題に発展する前に、一度自社の給与計算方法を見直してみてはいかがでしょうか。

社労士事務所ぽけっとでは、給与計算のアウトソーシングや、各企業様の実情に合わせた賃金規定のコンサルティングも承っております。
「自社の計算方法が合っているか見てほしい」「これを機に専門家に任せたい」など、どんな些細なことでも構いません。どうぞお気軽にご相談ください。


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