固定残業代の3つのパターンと正しい計算方法|労働条件通知書の記載例つき

知って安心! 固定残業代の 正しい知識と運用方法

その「みなし残業代」、正しく運用できていますか?

「うちは固定残業代(みなし残業代)を払っているから、残業代の計算は不要」
もしかしたら、そのように考えていらっしゃいませんか?
実は、その考え方には大きなリスクが潜んでいます。

固定残業代制度は、正しく運用しなければ未払い残業代の請求といった労務トラブルに発展する可能性があります。
特に、固定残業時間を超過した分の残業代の支払いや、労働条件通知書への適切な記載は、法律で定められた重要なルールです。

この記事では、中小企業の経営者様や人事担当者様に向けて、固定残業代の基本的な仕組みから、よくある3つのパターンごとの残業代計算方法、そしてトラブル防止の要となる労働条件通知書の記載例まで分かりやすく解説します。

そもそも固定残業代(みなし残業代)制度とは?

固定残業代制度とは、実際の残業時間にかかわらず、あらかじめ一定時間分の時間外労働に対する割増賃金(残業代)を固定額で支払う制度です。
一般的に「みなし残業代」とも呼ばれます。

例えば、「月20時間分の時間外労働の対価として5万円を支給する」といった形で給与に組み込まれます。

企業側のメリット・デメリット

  • メリット:毎月の残業代計算の事務負担を軽減できる。人件費の見通しが立てやすくなる。
  • デメリット:制度設計や運用を間違えると、未払い残業代請求のリスクがある。従業員への十分な説明が必要。

従業員側のメリット・デメリット

  • メリット:実際の残業が少なくても固定額がもらえる。収入が安定する。
  • デメリット:「残業代は定額」と誤解し、長時間労働につながる可能性がある。制度が不透明だと不信感を持つ原因になる。

固定残業代の3つのパターンと残業代の計算方法

固定残業代の定め方には、大きく分けて3つのパターンがあります。
それぞれのパターンについて、固定時間を超えて残業が発生した場合の計算方法を見ていきましょう。

※計算を分かりやすくするため、1ヶ月の所定労働時間を170時間と仮定します。

パターン1:時間が固定されている場合

「固定残業代として、月20時間分の時間外労働に対する割増賃金を支払う」というように、時間数で定めるケースです。
この場合、固定残業代の金額がいくらになるかを計算し、明確にする必要があります。

【固定残業時間を超えた場合の計算方法】
実際の残業が30時間だった場合、固定分(20時間)を超える10時間分について、追加で割増賃金を支払う必要があります。

例:基本給255,000円、固定残業20時間分の場合

  1. 1時間あたりの賃金を計算する
    255,000円 ÷ 170時間 = 1,500円
  2. 固定残業代の金額を計算する
    1,500円 × 1.25 (割増率) × 20時間 = 37,500円
  3. 超過分の残業代を計算する
    (実残業30時間 - 固定残業20時間) = 10時間
    1,500円 × 1.25 × 10時間 = 18,750円(追加支給額)

パターン2:金額が固定されている場合

「固定残業代として、月50,000円を支払う」というように、金額で定めるケースです。
この場合は、その金額が何時間分の時間外労働代に相当するのかを計算し、労働条件通知書などで従業員に明示しなければなりません。

【固定残業時間を超えた場合の計算方法】
実務では、まず実際の残業時間に対して支払うべき残業代の総額を計算し、そこから既に支払っている固定残業代を差し引く方法が多いです。

例:基本給250,000円、固定残業代50,000円、実残業35時間の場合

  1. 1時間あたりの賃金を計算する
    ※この場合の基本給は、固定残業代を含まない金額です。
    250,000円 ÷ 170時間 = 約1,471円
  2. 固定残業代に含まれる時間数を計算する(労働条件通知書への明記に必須)
    この50,000円が何時間分に相当するかを計算し、明示する必要があります。
    50,000円 ÷ (1,471円 × 1.25) = 約27.2時間
  3. 超過分の残業代を計算する(実務的な計算方法)
    まず、実残業時間(35時間)に対して支払うべき残業代の総額を計算します。
    1,471円 × 1.25 × 35時間 = 64,357円(支払うべき残業代総額)

    次に、この総額から支払い済みの固定残業代50,000円を差し引きます。
    64,357円 - 50,000円 = 14,357円(追加支給額)

パターン3:時間と金額の両方が固定されている場合

「固定残業代として、月20時間分の時間外労働に対する割増賃金50,000円を支払う」というように、時間と金額の両方を明確に定めるケースです。この方法が最も透明性が高く、トラブルになりにくいため推奨されます。

【固定残業時間を超えた場合の計算方法】
計算方法はパターン1と同様で、非常にシンプルです。

例:基本給250,000円、固定残業代50,000円(20時間分)の場合

  1. 1時間あたりの賃金を計算する
    250,000円 ÷ 170時間 = 約1,471円
  2. 超過分の残業代を計算する
    実残業が30時間だった場合、(30時間 - 20時間) = 10時間分の追加支払いが必要です。
    1,471円 × 1.25 × 10時間 = 18,388円(追加支給額)

※なお、固定残業代50,000円が、1,471円×1.25×20時間=36,775円を上回っているため、この設定は労働者にとって有利であり、法的に問題ありません。

【トラブル防止の要】労働条件通知書への正しい記載方法

固定残業代制度で最もトラブルになりやすいのが、この「労働条件通知書(雇用契約書)」への記載方法です。
裁判などでは、記載が不十分であるために制度自体が無効と判断されるケースも少なくありません。

必ず明記すべき3つのポイント

以下の3点を必ず記載してください。
一つでも欠けていると、固定残業代制度が無効と判断されるリスクがあります。

  1. 固定残業代を除いた基本給の額(例:基本給 250,000円)
  2. 固定残業手当の額と、その手当がどの労働時間に対するものか(例:固定残業手当 50,000円(時間外労働20時間分))
  3. 固定残業時間を超える時間外労働、および休日労働、深夜労働に対しては、割増賃金が別途支払われる旨

ポイント:休日労働や深夜労働は割増率が異なるため、トラブル防止の観点から固定残業代に含めず、別途計算して支払うことを推奨します。

【パターン2の場合】具体的な記載例

実際に労働条件通知書に記載する際の文例を紹介します。

【記載例】

■賃金
(1) 基本給: 250,000円

(2) 諸手当
 固定残業手当: 50,000円

(3) 固定残業手当について
 固定残業手当は、時間外労働27.2時間分に対する割増賃金として支払うものとする。
※上記時間数は、固定残業手当の金額50,000円を、基礎となる賃金から算出した1時間あたりの単価(割増率込)で除して算出したものである。
 時間外労働が27.2時間を超えた場合、および休日労働、深夜労働があった場合は、労働基準法に基づき算出した割増賃金を追加で支払う。

【Q&A】休日労働や深夜労働も固定残業代に含められますか?

A. 法律上は可能ですが、そのためにはまず就業規則にその旨を定め、かつ労働条件通知書で各手当の内訳を明確に分ける必要があり、実務上は推奨しません。

固定残業代に、割増率の異なる時間外労働、休日労働、深夜労働のすべてを含むこと自体は、法律で禁止されているわけではありません。
しかし、そのためには大前提として、就業規則に「固定残業手当には、一定時間分の時間外、休日、深夜労働に対する割増賃金を含む」といった定めがなければなりません。

その上で、労働条件通知書や給与明細において「どの手当が、どの労働(時間外・休日・深夜)に、それぞれ何時間分として、いくら支払われているのか」を、誰が見ても明確に判別できるように記載する必要があります。

例えば、「固定残業手当 60,000円(時間外労働20時間分40,000円、深夜労働20時間分10,000円、休日労働5時間分10,000円を含む)」のように、内訳を詳細に明記しなければなりません。

ご指摘の通り、パターン2(金額固定)のように「固定残業代50,000円」とだけ定めた場合、その金額の中に異なる割増率の労働時間がそれぞれ何時間分含まれているのかを合理的に算出するのは極めて困難です。
この計算根拠が曖昧だと、固定残業代制度そのものが無効と判断されるリスクが非常に高くなります。

そのため、最も安全で確実な方法は、本記事で解説している通り「固定残業代は時間外労働のみを対象とし、休日労働や深夜労働が発生した場合は、その都度、別途計算して支払う」という運用です。

固定残業代制度を導入する際の注意点

最後に、制度を導入・運用する上での注意点をまとめます。

  • 明確区分性の要件を満たしているか
    通常の賃金(基本給など)と、割増賃金である固定残業代部分が、労働条件通知書や給与明細で明確に区別されている必要があります。
    休日労働・深夜労働の割増賃金は別途支払うことを原則とし、明確に区別することが望ましいです。
  • 最低賃金を下回っていないか
    固定残業代を除いた基本給を、所定労働時間で割った金額が、地域の最低賃金を下回ってはいけません。
  • 従業員への丁寧な説明と同意
    制度の内容について従業員に丁寧に説明し、十分に理解を得た上で同意を得ることが、円滑な運用のために不可欠です。

【まとめ】複雑な給与計算や労務管理は専門家にお任せください

固定残業代制度は、正しく運用すれば企業にとっても従業員にとってもメリットのある制度です。
しかし、その計算方法や法律上の要件は複雑で、一つ間違えると大きなトラブルに発展しかねません。

「自社の運用方法が正しいか不安」「労働条件通知書の書き方を見てほしい」「給与計算のアウトソーシングを検討している」など、少しでもご不安な点がございましたら、ぜひ私たち社労士事務所ぽけっとにご相談ください。

専門家の視点から、貴社の状況に合わせた最適なアドバイスをさせていただきます。


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