退職金、給与と一緒に払っても大丈夫?【税金・社会保険の注意点も網羅】

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「長年会社に貢献してくれた従業員が退職することになった。退職金は用意しているんだけど、最後の給与と一緒に振り込んでも問題ないのかな?」

こんにちは!従業員の退職に伴う手続きは何かと気を使うものですよね。特に退職金の支払いは、金額も大きくなることがあり、税金や社会保険の取り扱いなど、間違いがあってはならない重要なポイントです。

そこで今回は、多くの経営者の方が一度は疑問に思うであろう「退職金は給与と一緒に支払ってもいいのか?」というテーマについて解説していきます。

この記事を読めば、以下のことがスッキリ分かります!

  • 退職金と給与を一緒に支払うことの可否
  • 一緒に支払う場合の税務上の注意点(所得税、退職所得控除など)
  • 一緒に支払う場合の社会保険料の取り扱い
  • 実務上の具体的な手続きとポイント
  • 適切な専門家への相談の重要性

従業員への感謝の気持ちを込めた退職金、スムーズかつ適切に支払うための知識を一緒に確認していきましょう!

そもそも「退職金」ってどんなもの?基本をおさらい

まず、基本に立ち返って「退職金」とは何かを確認しておきましょう。

退職金とは?

退職金とは、従業員が退職する際に、企業が長年の勤務に対する功労や、退職後の生活保障などを目的として支払う金銭のことです。

法律(労働基準法など)で必ず支払わなければならないと定められているものではありません。しかし、就業規則や退職金規程、労働協約などで支給条件や計算方法が明確に定められている場合は、企業は支払う義務が生じます。

退職金には、大きく分けて以下の種類があります。

  1. 退職一時金: 退職時に一括で支払われるもの。
  2. 退職年金(企業年金): 一定期間または生涯にわたって分割して支払われるもの。

多くの企業では、退職一時金制度を採用しています。この記事でも、主に退職一時金を念頭に解説を進めます。

退職金の性格

退職金は、一般的に以下のような性格を持つと考えられています。

  • 功労報奨: 長年の会社への貢献に対する報奨。
  • 賃金の後払い: 在職中の賃金の一部を退職時まで積み立てて支払うもの。
  • 生活保障: 退職後の生活を支えるための一時的な資金。

これらの性格を理解しておくと、退職金の取り扱いについてより深く考えることができます。

【本題】退職金は給与と一緒に支払ってもいいの?

さて、いよいよ本題です。従業員の最後の給与と退職金を、同じタイミングで、同じ振込で支払っても良いのでしょうか?

結論から申し上げますと、「不可能ではないが、原則としては分けて支払う方が望ましく、一緒に支払う場合は細心の注意が必要」となります。

なぜなら、給与と退職金は、税務上も社会保険上も取り扱いが異なるからです。これらを混同してしまうと、後々面倒な問題が発生する可能性があるのです。

原則:給与と退職金は分けて支払うのが一般的

多くの企業では、給与は「給与」として、退職金は「退職金」として、それぞれ別の名目で、場合によっては別の日に支払うのが一般的です。

これは、主に以下の理由によります。

  • 税金の計算方法が違うから
    • 給与は「給与所得」として、毎月の給与から所得税が源泉徴収されます。年末調整や確定申告で最終的な税額が調整されます。
    • 退職金は「退職所得」として、他の所得とは分離して税額が計算されます。ここが大きなポイントで、退職所得には「退職所得控除」という大きな控除があり、税負担が大幅に軽減される仕組みになっています。この計算は専門的な知識を要します。
  • 社会保険料の取り扱いが違うから
    • 給与(正確には標準報酬月額)は、健康保険料、厚生年金保険料、介護保険料、雇用保険料の算定基礎となります。
    • 退職金は、原則としてこれらの社会保険料の算定基礎には含まれません。(ただし、賞与として支払われる退職金など例外的なケースはあります)
  • 源泉徴収票の様式が異なるから
    • 給与については「給与所得の源泉徴収票」を、退職金については「退職所得の源泉徴収票」を発行する必要があります。これらは様式が異なり、記載する内容も異なります。給与と退職金を混同して処理してしまうと、正しい源泉徴収票を発行できず、従業員が年末調整や確定申告で困るだけでなく、税務署からの指摘を受ける原因にもなります。

このように、性質も計算方法も異なるものを安易に一緒にしてしまうと、税務署や年金事務所から問い合わせが来たり、誤った処理をしてしまったりするリスクがあるのです。

例外的に一緒に支払うケースとその注意点

とはいえ、従業員から「最後の給与と退職金をまとめて振り込んでほしい」と希望されるケースや、事務手続きの簡略化のために一緒に支払いたいと考える場合もあるかもしれません。

もし、給与と退職金を一緒に支払う場合は、以下の点に細心の注意を払う必要があります。

  1. 税務上の注意点

これが最も重要なポイントです。特に退職金の所得税計算は複雑であり、税理士への確認が不可欠です。

  • 明確な区分が必須!: 給与と退職金を同じ日に振り込む場合でも、必ず「給与分」と「退職金分」を明確に区分して処理し、従業員にもその内訳が分かるように伝える必要があります。 給与明細とは別に「退職金支払明細書」を発行するのが理想的です。もし給与明細に記載する場合は、「退職金」という項目を設け、金額を明確に分けましょう。
  • 退職所得控除の適用を忘れずに!: 退職金には、勤続年数に応じた「退職所得控除」が適用されます。この控除額が大きいため、適切に適用されれば、退職金にかかる所得税は大幅に軽減されるか、場合によってはゼロになることもあります。 給与と一緒に支払う際に、誤って全額を給与所得として計算してしまうと、従業員が本来よりも多くの税金を支払うことになり、大きな不利益を与えてしまいます。この計算と適用の判断は、必ず税理士に相談・依頼しましょう。退職所得の計算方法(概要): (収入金額(源泉徴収される前の金額) - 退職所得控除額) × 1/2 = 退職所得の金額 この退職所得の金額に所得税率を乗じて税額を計算します。従業員には、事前に「退職所得の受給に関する申告書」を提出してもらい、これに基づいて正確に退職所得の源泉徴収税額を計算する必要があります。この申告書の提出がない場合は、一律20.42%の税率で源泉徴収することになり、従業員自身が確定申告で精算する必要が出てきます。この一連の税務処理についても、税理士の指導を仰ぐのが賢明です。
  • 源泉徴収票の正しい記載: 給与については「給与所得の源泉徴収票」を、退職金については「退職所得の源泉徴収票」を、それぞれ分けて作成し、従業員に交付する必要があります。 これらを混同したり、作成を怠ったりすると、税務上の問題が生じます。源泉徴収票の作成も税理士に確認してもらうと安心です。
  1. 社会保険料の注意点
  • 退職金は原則、社会保険料の対象外: 前述の通り、退職一時金は原則として社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料、介護保険料、雇用保険料)の算定基礎には含まれません。 しかし、給与と一緒に支払うことで、その全額が給与(報酬)であると誤認され、誤って社会保険料を徴収してしまうリスクがあります。
  • 明確な区分と記録: ここでも、給与と退職金を明確に区分し、社会保険料の算定基礎には退職金部分を含めないように注意が必要です。 万が一、誤って徴収してしまった場合は、後日訂正の手続きが必要となり、非常に手間がかかります。このあたりの社会保険手続きは、社会保険労務士にご相談ください。
  1. 実務上のポイント
  • 従業員への丁寧な説明: なぜ分けて支払うのが原則なのか、もし一緒に支払う場合はどのような内訳になるのか、税金や社会保険料の取り扱いはどうなるのかなどを、従業員に丁寧に説明し、理解を得ることが重要です。特に、手取り額が一時的に大きく変動する可能性がある場合は、誤解を招かないように注意しましょう。
  • 就業規則・退職金規程の確認: 自社の就業規則や退職金規程に、退職金の支払い方法や支払時期についてどのように定められているかを確認しましょう。規程と異なる取り扱いをする場合は、従業員の個別同意を得るなどの対応が必要になることもあります。退職金規程の整備や確認は社会保険労務士の得意分野です。
  • 記録の保管: 支払いの内訳が分かる書類(給与明細、退職金支払明細書、振込記録など)や、従業員との合意書などは、後日のトラブル防止のために必ず保管しておきましょう。

給与と一緒に支払う場合のメリット・デメリットまとめ

ここで、給与と退職金を一緒に支払う場合のメリットとデメリットを整理しておきましょう。

メリット
  • 企業側
    • 振込手数料を1回分に抑えられる可能性がある(金融機関による)。
    • 事務処理が若干簡略化されるように感じるかもしれない(ただし、税務処理の複雑さを考えると、専門家への依頼が前提となります)。
  • 従業員側:
    • 一度にまとまった金額を受け取れる(ただし、税務上の有利不利は別途考慮が必要です)。
デメリット
  • 企業側・従業員側共通
    • 税務処理が非常に複雑になるリスク: 退職所得控除の適用漏れや計算ミスが起こりやすく、これは税理士の専門領域です。
    • 社会保険料の計算ミスのリスク: 誤って退職金を社会保険料の算定基礎に含めてしまう可能性がある。
    • 従業員に誤解を与えるリスク: 手取り額の内訳が分かりにくく、混乱を招く可能性がある。
    • 退職所得控除のメリットを最大限に活かせない可能性: 処理を誤ると、従業員が不利益を被る。
    • 税務署や年金事務所からの問い合わせ対応の手間が増える可能性がある。
    • 源泉徴収票の作成ミスのリスク: 給与と退職金を混同すると、正しい源泉徴収票が作成できない。

こうして見ると、安易に一緒に支払うことのデメリットの方が大きく、特に税務処理は専門家である税理士への依頼が不可欠と言えるでしょう。

退職金を支払う際の一般的な流れと注意点

退職金の支払いについて、より広い視点から一般的な流れと注意点も確認しておきましょう。

  1. 退職の申し出・退職日の確定: 従業員から退職の申し出があり、双方合意の上で退職日が確定します。
  2. 退職金規程に基づく退職金額の算定: 就業規則や退職金規程に基づいて、勤続年数や退職理由などを考慮し、退職金の額を算定します。この算定自体は社内や社会保険労務士もサポートできますが、最終的な税額計算は税理士の領域です。
  3. 「退職所得の受給に関する申告書」の提出依頼: 従業員にこの申告書を提出してもらい、これに基づいて適切な退職所得控除を適用し、正しい源泉徴収税額を計算します。この手続きと計算は税理士に依頼しましょう。
  4. 所得税・住民税の源泉徴収: 計算された退職所得に基づいて、所得税及び復興特別所得税を源泉徴収します。住民税は、退職金からは特別徴収されず、原則として従業員自身が後日納付します(退職する年や時期によって取り扱いが異なる場合があります)。これらの税務処理は税理士の専門分野です。
  5. 支払い:
    • 支払時期: 労働基準法第23条では、労働者の権利に属する金品について、労働者から請求があった場合には、7日以内に支払わなければならないと定められています。退職金もこれに該当するため、従業員から請求があれば速やかに支払う必要があります。一般的には、退職日から1~2ヶ月以内に支払われることが多いようです。就業規則等で支払時期を定めておきましょう。
    • 支払方法: 原則として通貨で直接支払いますが、従業員の同意を得れば、本人の指定する銀行口座への振込が可能です。
  6. 「退職所得の源泉徴収票」の交付: 退職金を支払った後、速やかに(通常は退職後1ヶ月以内)「退職所得の源泉徴収票」を作成し、従業員に交付します。税務署への提出が必要な場合もあります。この源泉徴収票の作成も税理士に依頼するのが確実です。

退職金の「税務計算」は税理士へ!「労務手続き」は社労士にご相談を!

ここまで、退職金と給与の同時支払いについて詳しく見てきましたが、「やっぱり税金の計算は複雑で…」「自社の場合はどうすれば?」と不安に思われた社長さんもいらっしゃるかもしれません。

特に退職金の所得税計算は、専門的な知識が必要となり、多くの給与計算ソフトでは対応していないのが実情です。この退職金にかかる税金の計算や税務申告は、税理士の独占業務とされています。

そのため、退職金の具体的な税額計算や税務申告については、必ず税理士にご相談ください。

一方で、私たち社会保険労務士(社労士)は、退職に伴う以下のような「労務手続き」の専門家です。

  • 退職金規程の整備や見直し
  • 退職に伴う社会保険(健康保険・厚生年金・雇用保険)の手続き、資格喪失届の作成など
  • 離職票の作成
  • 就業規則に基づく退職手続きの適正な運用サポート
  • 従業員への説明内容に関するアドバイス(退職手続き、社会保険関係など)

税務のことは税理士へ、労務のことは社労士へ。それぞれの専門家が連携を取りながらサポートすることで、企業は安心して退職金支払いに関する一連の手続きを進めることができます。

専門家に相談するメリット
  • 正確な知識と適切な処理: 最新の法令に基づいた正確なアドバイスを受けられ、間違いのない処理ができます。(税務面は税理士、労務面は社労士がそれぞれ専門性を発揮します)
  • トラブルの未然防止: 従業員との間の誤解や、税務署・年金事務所からの指摘といったトラブルを未然に防ぐことができます。
  • 就業規則・退職金規程の見直し: (社会保険労務士の得意分野です)自社の規程が現状に合っているか、法的に問題がないかなどをチェックしてもらい、必要であれば改定のアドバイスも受けられます。
  • 節税に関するアドバイス: (主に税理士の分野です)企業側、従業員側双方にとって、税務上最も有利な方法を検討してもらえます。
  • 本業への集中: 面倒で複雑な手続きをそれぞれの専門家に任せることで、社長は安心して本業に集中できます。

費用はかかりますが、それ以上の安心とメリットが得られるはずです。特に、退職金の税務計算に関しては、必ず税理士にご確認いただくようお願いいたします。労務手続きに関しては、お気軽に当事務所(社会保険労務士事務所)にご相談ください。

【まとめ】退職金と給与の同時支払いは慎重に!原則は分けて対応を

今回は、「退職金は給与と一緒に支払ってもいいのか?」というテーマについて、事業主の皆さんに向けて解説しました。

結論として、退職金と給与を一緒に支払うことは法的に不可能ではありませんが、税務上・社会保険上の取り扱いが大きく異なるため、原則としては明確に分けて支払う方が安全で確実です。

もし一緒に支払う場合は、

  • 給与分と退職金分を明確に区分する
  • 退職所得控除を正しく適用する(税理士に依頼)
  • 社会保険料の算定基礎に誤って含めない(社会保険手続きは社労士に相談)
  • 従業員に丁寧な説明を行う
  • 正しい源泉徴収票をそれぞれ発行する(税理士に依頼)

といった点に細心の注意を払う必要があります。

従業員にとって、退職金は長年の努力の結晶であり、退職後の生活を支える大切な資金です。企業としては、感謝の気持ちを込めて、間違いなく、そしてスムーズに支払い手続きを進めたいものですよね。

この記事が、社長の皆さんのそんな想いを実現するための一助となれば幸いです。

最後に、退職金の取り扱いについて少しでも不安や疑問があれば、自己判断せずに、信頼できる専門家にご相談ください。特に税務計算については税理士に、退職に伴う社会保険手続きや就業規則関連については社会保険労務士にご相談いただくことで、よりスムーズな対応が可能です。

これからも、経営者の皆さまのお役に立てる情報をお届けしてまいります!